『チェンソーマン』のチェンソーはいかにして“最恐の武器”となったか? 「武器とフィクション」第1回(リアルサウンド) - Yahoo!ニュース
模型や武器が大好きなライターのしげるが、“フィクションにおける武器”あるいは“フィクションとしての武器”について綴るリアルサウンド ブックの新連載「武器とフィクション」。第1回は「週刊少年ジャンプ」にて異彩を放った大人気バトル漫画『チェンソーマン』の“チェンソー”が、なぜ作中で最恐の武器とされたのかを考える。(リアルサウンド ブック編集部) 【写真】まるでホラー映画のような実写版のチェンソーマン ■武器としては弱いチェンソー 「チェーンソーは、対人用の武器としてはほとんど使えない」というのは、それなりによく知られた話である。エンジンを積んでいるので重くかさばり、刀剣に比べて刃先の長さが短いのでリーチも足らず、駆動時には大きなエンジン音が鳴るので使用者の位置もすぐバレる。人間相手に使う武器としては、メリットよりデメリットの方がずっと多い。 大体、切断用のカッターが取り付けられたソーチェーンを高速で回転させて木材を切断するチェーンソーは、人体を切断するのに適していない。食肉加工の現場では動力付きの工具も多数使われているが、牛や豚などを分解する際に使われるのはチェーンソーではなく鋸刃を前後に往復させるレシプロソーだ。チェーンの幅がそのまま歯の厚みとなり、カッターを回転させて削り取るように木材を切断するチェンソーは、柔らかい対象物を素早く切断するのには向かないのである。 また、チェーンソーを対人用の武器として使った際の威力にも疑問が残る。森林利用学会誌26巻1号に掲載された論文「チェーンソーによる切創災害の全治日数と休業日数」によれば、チェーンソーによる切創災害で死亡に至ることは少なく、平成12~21年の9年間では1件報告されているだけだという。もちろんこれは林業の現場での事故の報告であり、殺しを目的として人間相手にチェーンソーを使った場合の話ではない。 しかし同論文では「平成18年の林業労働災害統計では全被災件数2186件の中でチェーンソーによるものは399件(18.3%)」と書かれている。林業に関わる労災でチェーンソーを原因とするものは、それなりの割合を占めているのだ。この被災件数に対して、チェーンソーでの死者はほとんど出ていないことからも、チェーンソーには一瞬で人間を殺害できるほどの威力はないことがわかる。 にも関わらず、藤本タツキのコミック『チェンソーマン』では、チェーンソーこそが最強にして最も恐ろしい武器として描かれる。この作品には何らかの動植物や概念などの名前がついた「〇〇の悪魔」が多数登場し、悪魔の能力や強さはその名によって決定される。劇中では「全ての悪魔は名前を持って生まれてくる」「その名前が恐れられているものほど悪魔自身の力も増すという」と説明されていた。 この設定通り、『チェンソーマン』には恐ろしげな名前を持った多数の悪魔が登場した。血の悪魔、幽霊の悪魔、天使の悪魔、蜘蛛の悪魔……。劇中で強い印象を残した悪魔はいずれもおどろおどろしく物騒なイメージを持つ名前を持っており、反対に秒殺された雑魚悪魔は「ナマコの悪魔」だったりした。ナマコの悪魔、聞くだに弱そうである。 さらに書けば、劇中には武器そのものの名前を持った悪魔、そして人間と悪魔のいいとこ取りである「悪魔でも魔人でもない存在(暫定的に武器人間と呼ばれていた)」も多数登場している。作中で甚大な被害をもたらした銃の悪魔も、そのうちの一人である。さらに爆弾を使うレゼや刀剣そのものな見た目だったサムライソード、そして終盤「公安対魔特異5課」としてチェンソーマンと戦った長剣、槍、鞭、火炎放射器の武器人間たち……。こと対人用の武器としてであれば、チェーンソーはこのラインナップの中ではおそらく最弱である。 チェンソーマンはこれらの悪魔たちと互角以上に渡り合い、またチェンソーマンが真の姿となって以降は、圧倒的な戦力差を見せつけた。文字通りの圧勝だったはずのチェンソーマンだが、一気に弱体化したのが終盤。大活躍を逆手に取られ、劇中の市民たちがチェンソーマンをヒーロー扱いしたところで、その力を失ってしまう。悪魔の力は人間たちからの恐怖に支えられており、恐怖されなくなった悪魔は急速に弱体化する。怖くない悪魔は、悪魔たりえない。『チェンソーマン』には劇中の設定を支える強靭なルールがいくつかあるが、中でも「名前を恐れられるほど、悪魔の力は増す」というルールは、非常に大事なものなのである。 ■映画的な道具としてのチェンソー では、なぜチェーンソーはそこまで恐ろしいものだと思われているのだろうか。実際の武器としてはほとんど役に立たないチェーンソー。その恐ろしさを確立してきたのは、数多くのフィクションだ。例えば『チェンソーマン』の単行本2巻の見返しで藤本タツキ自身が言及している1973年の映画『悪魔のいけにえ』では、殺人鬼レザーフェイスが振り回す武器としてチェーンソーが登場した。 『悪魔のいけにえ』でのチェーンソー描写は、のちのスプラッター映画と比較するとずいぶん大人しい。例えばレザーフェイスが被害者の若者カークの死体を恋人パムの目の前で解体するシーンではチェーンソーが使われるが、遺体の切断そのものはうまく映らないように隠されている。 むしろこの場面で印象的なのは、2ストロークエンジンのエンジン音だ。大型エンジンの音とは異なる高く軽い排気音こそが、動力付きの工具で丸太のように人体を破壊する、レザーフェイスの野蛮さと残虐さを表現したのである。BGMが使用されていないのはこの映画の特徴だが、それもチェーンソーのエンジン音を観客に印象付けたかったからだと考えれば合点がいく。その演出が功を奏し、直接的なスプラッター描写がほぼないにも関わらず、レザーフェイスとチェーンソーは『悪魔のいけにえ』で全世界の観客に強烈な印象を残した。これ以外にもホラー映画でどれほど大量にチェーンソーが登場したかは、ここに書くまでもないだろう。 考えてみれば、チェーンソーはとても映画的な道具だ。そもそも工具だから、基本的に一般人でも手に入れられる。甲高いエンジン音は武器として考えればマイナスポイントだが、恐ろしい殺人鬼がエンジン音とともに身動きの封じられた犠牲者に襲いかかるのならば話は別である。刃物のようにそのまま攻撃に使用できるわけではなく、スターターを引いてエンジンをかけなくてはならない点も、観客を「これからどんな惨劇が起こるのか」と恐怖に向けて助走させる余地となる。ソーチェーンが高速で回転するのも見栄えがいいし、リアルな痛みを観客に想像させるパワーを生むだろう。ソーチェーンが切れたり燃料切れで使えなくなったりという弱点が用意されているのも、作劇にとっては都合がいい。チェーンソーこそ、神がホラー映画のために創りたもうた武器である。 チェーンソーは実戦ではロクに役に立ちそうもないが、フィクションの中ではそのマイナスポイントはすべてプラスになった。だからこそチェーンソーは多数のホラー/スプラッター映画に登場し、そのエンジン音と高速回転するソーチェーンに観客は恐怖した。つまりチェンソーの悪魔は、フィクションの力によって最強の存在となったのだ。そして『チェンソーマン』はフィクションのもたらす嘘の力が、最終的に「支配」の力を打倒する物語だったということになる。 フィクションのもたらす力でエゴイスティックな存在による「支配」と戦うストーリーならば、主人公デンジの使う力はフィクションそのものの徹底してバカバカしいものでなければならない。現実的な武器ではなくホラー映画由来のバカげた武器であることが、『チェンソーマン』のテーマにとっては不可欠だったのだ。短編『ルックバック』を読む限り、藤本タツキはフィクションの持つ力に相当自覚的であり、また強く信じてもいるように思う。「多くの人に恐怖されたチェンソーの悪魔こそ最強」という結論も、フィクションの力を強く信じたゆえに導き出されたものだったはずだ。 チェーンソーを真面目に武器として使うのはバカバカしい。殺人が目的ならば、ホームセンターに行けばもっと優れた武器がいくらでも売っている。しかし、だからこそ『チェンソーマン』の主人公はチェンソーの悪魔でなくてはならなかった。フィクションそのものを象徴するバカげた武器として、チェーンソーというチョイスはこれ以上ない選択肢だったのである。
しげる
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